「おもてなしの神髄」 CS経営(その42)

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◆なぜ、あの企業の「顧客満足」はすごいのか

8. 「おもてなしの神髄」-株式会社加賀屋

(2)「機械化」と「人的要素」との絶妙なハーモニー

 加賀屋はお客様に「温かく召し上がっていただく料理」すなわち温かさがおいしい料理は、その温度を保ってお客様にご賞味いただき、冷やしておいしい空豆のすり下ろしスープなど「その冷え具合がおいしい料理」は、少しでも温度が上がらないうちに最高の状態でお客様に提供することを心がけているそうです。
 
 これは当たり前のことのようだが、本当に難しい。現に、多くの旅館では、最高の状態で料理を提供できていません。たとえば、ドリップと称する容けた液体が器の底に溜っている刺身、時間が経って冷めてしまった料理……。
 
 なぜか。厨房での準備とお客様が召し上がるタイミングにズレがあるからです。しかも、素早くお客様のところに料理を運ほうとすると、料理を運ぶスタッフにしわ寄せがいくのです。早足で動くのには向かない和服だから余計に身体に負担がかかるのです。さらに、よがれと思って急いでしまうと、せっかくの和服の美しさを阻害する要因となり、ドタバタと大股で走り回る姿からは、楚々とした風情は消し飛んでしまいます。ではなぜ、加賀屋ではドタバタと走り回らずに済むのでしょうか。
 
 その答えの一つが、ロボットです。宿泊客の目には触れないのですが、加賀屋は旅館の中にお客様の近くまで料理を搬送するロボットが稼働しています。
 
 「なんだ、ロボットか」と言う方がいるかもしれませんが、事はそんなに簡単ではないのです。ロボットを導入する場合、非常に多くの課題をクリアーしなければならないからです。
 
 以前、ある先進的な思考を持つ方が経営する総合スーパーが、これを導入しました。トラックで搬送されてきた商品を、決められた手順にしたがって自動搬送機に積み、所定の場所に置くシステムです。
 
 その商品を人がいない夜中にショーケースの前まで自動搬送しようと試みたのですが、実際には思った通りに事は運ばなかったようです。私はその理由がすぐに推測できました。というのも、今はそのようなことはないと思いますが、過去に真夜中の2時、3時の食品スーパーの店内で仕事をしたときのことを思い出したからです。
 
 回りくどい言い方を避けていうなら、ネズミやゴキブリの存在です。彼らが動くことで、ロボツトのセンサーが働き、動きを止めてしまったり、誤作動を起こす。すると、他の搬送機、すなわちロボットは、どうしたらいいかわからなくなってしまいパニック状態に陥るのです。
 
 それだけではない。うっかりロボットが通るところに物を置いたり、通路に箱を置いたりすると、ロボットは臨機応変に対応するのが難しいため、これまた混乱してしまうことになります。結果、朝になってみたら、ロボット同士が衝突したり、ひっくり返っていたり、止まって動けなくなっていたりという惨價たるありさまとなってしまったのです。
 
 もちろん、これは過去の話であり、現在、責任ある企業によって運営されている店舗のシステム面、衛生面は、昔に比べ格段に向上しています。
 
 1928年、加賀屋と同じく石川県出身の細川力蔵氏が始めた目黒雅叙園は、本格的日本料理、中華料理を提供する目的で始めた施設です。宴会場は絢爛豪華で昭和の竜宮城とも表現され、後に『千と千尋の神隠し』の湯屋のモデルとなった素晴らしい施設ですが、あるとき、「料理搬送システムを構築したので見てほしい」とお誘いいただき、早速訪問しました。先に食品スーパーの失敗を見ていたので、心配しながらの訪問であったが、それらの失敗を乗り越えた実に見事なシステムで安心した覚えがあります。
 
 加賀屋でのシステム導入の話は後から知ったのだが、「かなりの出来映え」という評判であったし、あの小田禎彦相談役(私か事実上の創業者と考えている方である)のなさることだから、きっとさらなる進化を遂げているのだろうと思っていた。
 
 先代の女将、故小田孝氏以来の伝統で、「気ばたらき」や「否定語を使用しない」などの企業文化はすでに100年を超えているが、それらの根幹にあるのは「お客様第二の精神である。お客様のためには「難しい」「できません」「無理です」などの「否定語」は使用せずに、「どのようにしたらできるか」「どうやって乗り越えるか」「どのように解決を図るか」を常に考えることなのです。
 
 そして、これらすべてのお客様のための行為が、加賀屋の「おもてなし」そのものとなるのです。だからこそ、過去40回発表された「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」において、35年間連続でNo.1となっているのでしょう。
 

(3) マーケティングの巨匠、セオドアーレビットのいう「ハードテクノロジー」

 ともかく、加賀屋で慟く人々の負荷を軽減する意味において、ロボット搬送は紛れもなく貢献しています。とくに大勢の人たちによる宴会などの場合、調理場で料理ができあがると、すかさずロボットがその料理を宴会場まで運ぶのです。
 
 宴会場が景色の良い高い階にある場合、窮屈な着物を着た女性がお盆に載せた重たい料理を持って階段の上り下りをすることになります。並大抵の体力ではできませんが、現在でもこの取り組みをしている旅館は多いのです。
 
 ところがロボットを活用するようになると、ロボットが乗るエレベーターの設置が伴うようになります。そしてロボットがエレベーターを呼び、エレベーターに乗り、宴会場の近くまで搬送します。そこで働く着物を着た女性たちはすぐそばの宴会場まで運ぶだけになったのです。労働の負荷を軽減した分の余力は、顧客のためのきめ細かな「気くばり」「心くばり」すなわち「気ばたらき」に向けられるわけですから、ロボットは「気ばたらき」にも貢献しているといえるでしょう。
 
 これは、マーケティングの巨匠であるセオドアーレビットのいう「ハードテクノロジー」に当たるのです。すなわち、人間の労働を設備や機械やロボットに置き換える施策に該当し、「サービスの内容やプロセスをシステム化する」ソフトテクノロジー、さらに「設備とシステムを統合する」(イブリッドテクノロジーに加え、顧客と働き手とそれらのテクノロジーをさらに進化させた「人の心との融合」と私は捉えています。
 
 「35年間連続第1位」の栄冠を得ている理由の根底にあるのは、建築、設備、器といった形だけでなく、環境、雰囲気、温もり感、楽しさ、おもしろさ、そして、心からのおもてなし、加賀屋が昔からこだわり続けている「気ばたらき」による満足感、幸せ感です。そして、それらが全体的な一体感を持っており、統合、融合されることで相乗効果を生んでいるのです。だからこそ、顧客は全体の流れにわずかの違和感すら持たず、心を落ち着かせる環境を楽しみ、幸せを感じるのです。
 
 創業100年を超える老舗の取り組みは、仕事を細分化、分業化し、モジュール化するやり方とは全く違うのです。顧客は部分をつないだだけのモジュール化を心地いいとは感じないでしょう。隙間・つぎはぎだらけの状況を楽しめるはずがないのです。これはこの連載で取り上げる事例のすべてに共通することですが、つなぎ目のないシームレスで、違和感のないなめらかな融合が、人々を幸せにするのです。
 
 だからこそ、加賀屋では部屋ごとに担当者を配置するのです。何人ものスタッフが、入れ代わり立ち代わり出入りすることはないのです。お客様が帰る際、加賀屋のスタッフは皆で心を込めてお見送りします。お出迎えのときの温もりよ力さらに強く心を込めてお見送りするのです。お客様の心に生涯忘れ得ぬ思い出として刻まれる瞬間です。
 
 サービスと設備は「おもてなし」の両輪といえますが、加賀屋の館内はまるで美術館のようです。ご当地で有名な九谷焼をはじめとする各種の陶芸品、美術品が並び、美術館ツアーというサービスが提供されているほどの充実ぶりです。
 
 さらに、建物からにじみ出る日本の良き住まいが持っている「日本の住まいの心」を堪能でき、サービスと設備によって、五感と心すべてが満たされた至福の時を堪能することができます。そうして、多くのお客様が「また来たい」「次はいつにしようか」と考え、実際に多くの方が次の予約を入れていきます。まさにこれこそが「満足提供業」「幸せプレゼント業」の真骨頂です。この「満足提供業」の心は日本のみに留まらないのです。台湾の日勝生加賀屋の人気がそれを証明しています。人生において一度も正座したことのなかった現地スタッフが、30分正座ができるよう身体を慣らしたのはなぜでしょうか。それは、素晴らしい「日本流おもてなし」「気ばたらき」に感動し、共感を覚えたからに他ならないのです。
 
 ある女性スタッフが廊下に小さなゴミが落ちているのを見つけ、さりげなく拾い上げ、着物の快に素早く入れている姿を見たとき、私は感心しました。精神面においても、日本の加賀屋の姿勢と心づかいを身につけている様子を見せてくれたからです。
 
 台湾の加賀屋が盛況であることで、おもしろい現象が生まれています。台湾の加賀屋を利用し、そのおもてなしに感動した人たちが「日本の加賀屋にも泊まってみたい」と考え、実際に日本の加賀屋では台湾からのお客様が増えているというのです。
 
次回は、9.伝統を守る、でも飽きさせない歌舞伎から解説を続けます。
 
【出典】 武田哲男 著 なぜ、あの企業の「顧客満足」は、すごいのか PHP研究所発行
筆者のご承諾により、抜粋を連載
 

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